
縁日の習俗は,その起源も由来も詳かでないという。もとより古来種々の説が行われたが,いずれも推測の域を出なかった。これは仏菩薩に因縁がある日というばかりではなく,その日は参詣結縁に最も適していると信じられた。『今昔物語集』には〈十八日ハ観音ノ御縁日也〉また〈月ノ廿四日ハ地蔵菩薩ノ御日也〉などとみえ,『古今著聞集』にも〈十五日十八日はあみた観音の縁日〉ともあった。いつのころからこの信仰が明らかになったかといえば,834年(承和1)に僧空海の奏上によって,毎月宮中仁寿殿に観音供を行って以来恒例となり,平安時代には絶えることがなかったという事例が顧みられよう。
この習俗はおそらくいわゆる神仏習合の文化変容について,外来の仏教がわが国に受容されるための変質の一つと認められよう。神仏習合は従来もっぱら固有の神道の変容のみが取り上げられてきた。しかし仏教もまた本来の形態のままではありえなかったのである。古来わが国では恒例の日に有縁の人々が集まって,神を迎え祭ったのに対し,随時随意に参詣礼拝した仏菩薩に特定の会日(えにち)を設けるようになったと考える。この信仰の変化の線上に「開帳詣り」が成立する。寺院内陣の厨子に扉を閉ざして,平日には参拝を許さず,縁日もしくは開帳日を告示して,その日ばかりは善男善女が群集して参入することを認める。これは仏教信仰の大きな変化であろう。安置する寺での居開帳のほか,江戸・京都など繁華の都市へ出張する出開帳も中世以来始まった。縁日として一般に知られているのは,月の7・16日の閻魔,8・12日の薬師,15日阿弥陀・妙見,18日の観音,24日地蔵,28日不動などがあり,また子日の大黒天,寅日の昆沙門天,巳日の弁才天などもある。13日の日蓮,21日の弘法大師,25日の天神〈菅原道真〉などはその忌日が縁日となった。ここで注目されるのは,関東では一般にその当日を縁日とするが,関西ではもとその前夜を縁日として詣る風があった。
参考文献 若月紫蘭『東京年中行事』1968,平凡社
斎藤月岑『東都歳事記』1970,平凡社